昔、秦の始皇帝は不老不死の薬を求めたそうですが、結局見つかりませんでした。現在も不老不死の妙薬はありませんが、人間の寿命を延ばすという点で、秦の始皇帝が求めていたものに一番近いのは高血圧の薬かもしれません。
昔から、人間は年をとると血圧が少しずつ上がってくることは知られていました。この自然に上昇する高血圧を「本態性高血圧」と言い、腎臓や肝臓などの疾患が原因となって起こる高血圧を「二次性高血圧」と呼びます。今日いかに医学が進んだと言っても、本態性高血圧の原因、どうして年をとると血圧が上がるのかは、どうもよくわからないのです。しかし、高血圧になると(もっと具体的に言うと血圧が140/90を超えると)、人間は早死にをすることは、ずっと前から知られていたのです。塩分を控えると血圧が上がりにくくなることから、よく京都のお公家さんは食べ物が薄味なため長生きをするなどと言われていました。高血圧が原因で死を引き起こすのは、脳卒中か心筋梗塞など、血管病変がほどんどです。
私が医学部にいる時、塩分に関する面白い実験をしました。皆さんは1リットル(1000cc)の水道水を一気飲みしたことがありますか。1リットル入りのペットボトルの大きさを想像してみてください。はたして人間はそんなに大量の水が一度に飲めるのでしょうか?私たちの仲間内で、ジャンケンに負けた者が被験者となり1リットルの水を一気飲みすることにしました。そしてどうなるかを観察するのです。どうなるかって?被験者は5分もしないうちにおしっこがしたくなり、トイレに行きます。そこで出した尿をビーカーに取り、量を計るのです。最初のうちは5分おきにトイレに行っていたのが、だんだん間隔が長くなり、2時間もたつともうトイレには行かなくなりました。最終的に出た尿の量は1000ccです。最初に飲んだ水の量が1000ccですから、勘定は合うわけです。
次に0.9%の食塩水、これは血液と同じ濃さなので生理的食塩水といいますが、これを1000cc一気飲みします。どうなると思いますか?おしっこに行きたくなるどころか、1時間待っても2時間待っても一滴の尿も出ませんでした。一体1000ccもの生理的食塩水はどこに行ってしまったのかと空恐ろしくなりました。これらの食塩水は体内に入って血圧を上げることになります。ですから、高血圧の薬ができるまでは、塩分を控えめにすることが重要だと言われていたのです。現在は様々な高血圧の薬ができたため、塩分を控えめにするようにという指導は以前ほどはうるさくなくなりました。
高血圧は早死にをするからよくないということは、前にも述べましたし、昔からわかっていました。では、高血圧の患者の血圧を下げたら長生きするようになるのでしょうか。それとも、血圧を下げても早死にすることは避けられないのでしょうか。これは医学界で大論争だったのです。
そもそも、血圧を下げるいい薬がなかなか開発されなかったのです。ようやく血圧の薬ができた時,医学界はこの論争に決着をつけるため、人体実験をしました。たくさんの高血圧の患者を集め、年齢や性別が同じになるように2つのグループに分け、一方のグループには血圧の薬を投与し、もう一方のグループには薬効成分のない偽薬を投与し、5年間でどんな変化が出るかを見ようとしたのです。この実験は3年を過ぎたあたりで中止となりました。血圧の薬を飲まなかったグループに恐ろしいほどの多数の死亡者が出たため、人道的な見地から実験が中止となったのです。この実験により、高血圧は治療すると早死にが劇的に防げることが証明されたのでした。血圧の治療のかげには、多数の犠牲者があったことを忘れてはいけません。
日本の東北地方では昔から脳卒中で倒れる人が多く、東北人は遺伝的にある一定の年齢になると脳卒中になり、それは天命であると考えられていたのです。
しかし、厚生省(現厚生労働省)、医師会などが積極的に啓蒙活動を行い、”病院に行って血圧を測りましょう”というキャンペーンを展開しました。血圧を正しくコントロールすれば、脳卒中が防げることを周知徹底した結果、東北地方の脳卒中発生率は劇的に改善したのです。
高血圧の薬と、おそらくコレステロールの治療薬、両者はうまく使用すると私たちを長生きさせてくれます。コレステロールの高い人がコレステロールの薬を服用すると死亡率が下がりますが、高血圧の人が高血圧の治療を受けるほどの劇的な効果はありません。また、コレステロールの薬と高血圧の薬を併用した場合にはその効果は相乗的となります。秦の始皇帝の求めていた不老不死の薬に近いものを挙げるとしたら、コレステロール薬、高血圧薬、そしてアスピリンかもしれません。アスピリンについてはまた別の機会に譲りますが、これも長生きに貢献することが知られています。
現代の不老不死薬ともいえる高血圧治療の利益を受けるため、血圧が高めという方は、一度お近くの医療施設で相談されてみてはいかがでしょう。
Comentarios